卒業論文取材:協力事例


●2014年1月:「障害者の「性」の権利を考える 〜ホワイトハンズの活動を通して〜」


目次

はじめに

第一章 障害者の「性」の実状、現状
 第一節 障害者の「性」の実態
 第二節 利用後の感想から捉えられるホワイトハンズの意義

第二章 障害者の「性」に対する社会の壁
 第一節 「制度の壁」
 第二節 「施設内における「性」へのタブー視」
 第三節 「当事者の家族内によるタブー視」
 第三章 障害者の「性」に対する壁への対応、対策

おわりに


 はじめに

 人が人らしく生きていく上で皆平等に三大欲求としての食欲・睡眠欲・性欲というのがあり、それらは各個人の権利である。権利と考えた時、それらは皆がそれぞれに尊厳を持って主張されているのだろうか。皆が平等と考えた時、障害者の「性」では、家族内、社会的にどこかタブー視されているような現状があるのではないかと考えた。

 社会的にタブー視されている「障害者の性」に対し、画期的でパイオニア的な存在のホワイトハンズの活動を通して、どうすれば更に障害者の性の権利と尊厳を守れるのかを考察したのが本研究である。

 「障害者の性」問題というと、「障害者の恋愛、結婚、セックス、自慰」と捉えられるが、本研究では、行為としてのセックスや自慰についてではなく、最低限の性の権利、障害者の「性」がどうすればいかに尊厳や権利を尊重されるかに焦点を合わせ考察していく。


 第一章 障害者の「性」の実状、現状

第一節 障害者の「性」の実態

 一般社団法人ホワイトハンズ は「障害者の性」問題の解決に取り組むNPOのパイオニアとして、2008年に、日本で初めて、男性の重度身体障害者に対する射精介助サービスを開始した。ホワイトハンズは身体障害のために、自力での射精行為を行うことが物理的に困難な男性障害者に対して、射精介助を行うケアサービスとしている。

 現行の障害者福祉に関するあらゆる制度やサービスは、障害者には「性」がない、ということを暗黙の前提として作られている。例えば、施設でのケアとしてそれが確立していないことや、施設内でのタブー視などによるものからである。「障害者に、性欲があるはずがない」「障害者が、セックスをするはずがない」「障害者が、妊娠・出産するはずがない」こういった無知や偏見が蔓延している現在、多くの障害者が、人間としての「最低限度の性の健康」「最低限度の性の権利」すら、満足に得られない状態に追いやられている。このような状況の中で、一人でも多くの障害者の「最低限度の性の健康」、「最低限度の性の権利」を守るために、活動を始めたのがホワイトハンズである。ホワイトハンズは、全国各地でのサービス提供を通して、これまでの「娯楽」や「性欲の処理」という観点ではなく、「QOL(=人生の質)の向上」という観点から、障害者に対する性的支援を、「自尊心のケア」として、確立させたと言われる 。

 以下、ホワイトハンズの活動の特徴を列挙する。

(1) ホワイトハンズの射精介助の実施場所は、全国18都道府県に及ぶ、北は北海道、南は長崎県までの地域をカバーし、累計実施回数は2008年4月1日から2011年3月31日までの間で230回を数える 。

(2) 障害別では、全体の、72%利用者の7割以上は脳性まひの男性である。ついでALS(筋萎縮性側索硬化症)の方が9%、脊髄小脳変性症(SCD)の方が8%、脊髄性筋萎縮症(SMA)の方が2%、筋疾患の方が約1%、その他8%となっている 。利用者の7割以上が脳性まひの男性なため、実施回数も230回の内、約160回が脳性まひの方が中心のケアとなっている。

(3) 2011年3月現在で、全国の利用者数は57人、最新の2012年7月30日現在では全国 18 都道府県で累計利用者が 400 人を突破している。
また、利用者の平均年齢は43,4歳。35歳〜59歳の利用者が、全体の70%を占めている。


 出所)『「障害者の性」白書 2011』 p16 2011年 一般社団法人ホワイトハンズのデータから作者が作成

(4) ホワイトハンズへのケア依頼は、99%が本人からの依頼である。残りの1%の内訳は配偶者(妻)、事業所の職員であり、本人が電話、メールを使用できない場合の代行が多い 。ホワイトハンズを利用する方は多くが、携帯、PCからの検索から活動内容を知る方が多く、施設からの紹介などはないということであった。「障害者の性」というワードで検索すればヒットすることもあり、障害当事者の方が個人で調べられたのが多い 。

(5) 脳性まひの場合、加齢に伴う、身体麻痺・拘縮の進行(=二次障害)による、射精行為の困難が、利用動機のほとんどを占める。利用者に30代以降の年齢層が多いのも、二次障害の進行と関連があるものと考えられる。二次障害の進行以外の利用動機としては、まず自立生活者の「自立生活の開始に伴う、性的自己決定権の獲得」が挙げられる。

(6) 現在の利用者の60%は、一人暮らしの自立生活者である。家族と同居していたとき、施設にいた時は周囲の無理解や抵抗から、性に関するケアサービスを利用することが困難だったが、自立生活を開始したことによって、気兼ねなく自宅に呼べるようになった、という声は多い 。

(7) 施設入居者の最大の利用動機は「施設内での性介助のタブー視」である。施設職員の無知・無理解・無関心により、施設内でのケア実施が不可能なため、わざわざ高額な介護タクシー料金・ホテル代を支払って、施設外でのケアを受ける人もいる。また自立生活をしている人に自宅に、施設入居の友人が集まって、集団でケアを受けるケースもある 。

(8) 家族、配偶者と同居している利用者が全体の26%存在する内、配偶者のいる人からの依頼はその内の14%である 。

 ホワイトハンズがメディアなどで取り上げられ、話題になるにつれて、利用者、利用回数ともに増えてきている。数が増えてきているということは、その分必要とされているということであり、そこにこの団体の社会的意義があらわれている。

 「性」というものはプライベートな部分が大きく、やはり、一人暮らしの自立生活者が利用者の大半を占めている。性の負担まで家族に介助してもらうのは当事者の方も心苦しい現状があり、未だに自らの「性」の権利を主張し辛い方も存在している 。

 そうした状況下で、ホワイトハンズの活動は、社会的に、どのような意義があるのか、利用者にどの様な影響を与えているのかを次節で考察していく。


第二節 利用後の感想から捉えられるホワイトハンズの意義

 性のケアは、当事者の生活の質に大きく関わるものである。そこで、ケア利用後の感想から当事者の生活の質の変化を捉えてみたい。

 感想として最も多いのは、「スタッフとのコミュニケーションの楽しさ」である 。ケアスタッフとの会話、円滑なコミュニケーションを取れ満足感と、安堵感が感想として述べられることが多い 。

 次に多かった感想は、「身体的・精神的爽快感の獲得」である。身体的爽快感に加えて「気分がすっきりした」「落ち着いた」「毎日の暮らしの中でのストレスが減り、精神的な安定感が増した」という精神的爽快感の報告が多い 。なかでも、「毎日の暮らしの中でのストレスが減り、精神的な安定感が増した」という感想はこのホワイトハンズの活動の社会的意義をよく表すものである。このケアを受ける前までは、自ら射精を行うことができない現状から、どこかイライラやフラストレーションを貯めながら生活をしていたことがわかる。結果、ケアを利用することで、生活レベルの向上、モチベーションの向上、QOLの向上に繋がっているという事実が捉えられる。

 男性にとっての射精は、性機能の低下予防効果ももちろんあるが、「男性としての自信を得られる(=自分の身体が、男性としてまだ正常に機能していることの確認)」という自尊心の確保・向上も含めた心理的な効果も大きいと考えられる 。また、なかには、「性機能の維持・向上の実感」という感想も多い。身体的な面では、「定期的な利用によって、射精までの時間が短縮された」等の報告がある。精神的な面だけでなく、身体的にも良い影響が見られるということで、生活レベルの向上、QOLの向上にも繋がっていると言うことがわかる 。


 第二章 障害者の「性」に対する社会の壁

 本来障害者、健常者に関係なく、全ての人に、「性」が存在している。つまり「性」とは人間らしく生きることそのものである。これは誰しもが有しているものであり、決して侵害されることなく尊重されなければいけない権利なのである。ホワイトハンズのような活動は見方を変えれば、人間らしく生きる上で当事者にとってみれば生活を左右するような重要な活動といえる。一方、障害者の「性」はどこがタブー視されているように筆者は考える。当事者が自らの「性」の権利を主張し辛い原因ともなるタブー視とはどのようなものがあるのか。


第一節「制度の壁」

 日本の行政は、性に関する制度を構築することに関しては、全くの無関心である。本来、「性」というものはとてもプライベートな問題であり、個人の責任の下で成り立っているものである。この問題に行政が積極的に介入するということは、プライバシー等の問題から到底考え難い話ではあるが、障害者の「性」がタブー視され、権利として成り立たない現実があるということは事実なのである。

 「そもそも、障害者に「性」という欲があることも知らなかった。」

 上記の言葉はケアスタッフの方の知人の言葉である 。社会には、まだまだ無知による偏見が存在しているという事実があった。このような無知による偏見を改正することに協力することは行政ができることではないのだろうか。興味や、関心のある人、社会福祉の分野に関わっている人しかそれを知らないというのでは、人間の権利として確立しているとは言えない。

 障害者の「性」の問題は当事者家族や施設といった限られた場所でこの問題を議論するだけでなく、社会問題として議論していくべきものである。


第二節 施設内における「性」へのタブー視

 介助を受ける利用者の強い拒否がないことからも、看護師や、家庭内においては母や妻が介助を担うのは自然なあり様として、女性による異性介助が認知されてきたこと。が、施設で職員が扱うのは「基本的人権」である。介助する側もされる側も侵害されたくない自分の性を主張すべきであり、施設や職員側の都合で施設利用者という理由で「性」意識を放棄してはならない 。

 施設側の問題としては、居住棟の問題、職員の認識の不一致、経営者の無理解などが挙げられ、また家庭との連携や教育問題、社会問題へも広がりを見せるものであった 。

 障害者の周囲にいるボランティア、ヘルパー、教員、施設職員、行政担当者、NPO関係者、社会福祉従事者の大半は、自分の目の前にいる障害者が、自分たちと同様に、性的な欲望を持った存在、性的な能力を持った存在である、ということを認識していない(もしくは、認めようとしない)。その背景には、「自分たちが世話をしている人は、汚れを知らない純真無垢な天使であってほしい」という一方的な思い込み、「そもそも、障害者には性的な欲求が存在するはずが無い」という無知と偏見がある 。

 施設は隔離された空間である。そのような場所では、利用者と介助スタッフとの関係性はとても密接なものになる。介助スタッフに理解が無く、マニュアルどおりの介助だけでは「性」というものは蔑ろにされ、権利として主張していくには程遠い現状がある。介助スタッフ、職員が「性」を卑猥なものとし、否定し続ければするほど、その空間は社会的にみても閉鎖的な社会へと変化してしまう。それは、職員の資質に大きく左右しているのである。


第三節 当事者の家族内によるタブー視

 家族内のタブー視とは「母親の壁」である。肢体不自由児に対するケアの身体的・精神的・時間的負担が、多くの場合、母親一人のみに集中してしまう現在の社会状況下では、障害を持って生まれた子どもとその母親との間には、共依存にも似た、過度の母子密着が生じやすい 。

 「自分だけの大切な宝物」である自分の子どもが、自分以外の誰かに欲望を抱く性的存在であること、自分以外の誰かから欲望を抱かれる性的存在のなることを感情的に認められない母親は、ありとあらゆる手段を講じて、自分の息子や娘を、性的な情報や環境から遠ざけ、隔離しようとする。その結果、子どもは自分自身の性の健康を保つために必要な知識や権利意識を全く持たない状態で、大人になってしまう 。母親は我が子が永遠に“子ども”であることを望み、子どもという立場にある者も“役割としての子ども”を遂行しようとするのである。特に親との密着度の高い脳性マヒ者には顕著に見られる。要するに脳性マヒ者は、周囲からも「無性の存在」として扱われ、自らも「無性の存在」という認識を受け入れることで安住の空間を創造しているといえるのではないのか 。

 また、ホワイトハンズを利用する方は家族に内緒にしながら利用されている方が圧倒的に多く、その背景にはやはり、家族間同士でのタブー視、自身の介助に加え、性の介助の負担ともなると、二重の負担になると考え、ホワイトハンズを利用される。親が子どもの性というものを認めていないという現状も確かにある 。

 家族内での理解や共感が無いと、自分の人生、生活に満足感を得ようとする当たり前のことが否定されてしまうという実状がある。「私の息子は天使だから。」と言って、ダウン症の息子の「性」を否定し、汚らわしいものとして捉え、権利を抹消しているという場面に筆者も遭遇したことがある。家族内でしっかりとその事について話し合い、正しい教育を互いにすることが一番この問題に対して求められることなのではないだろうか。

 上記の様な壁、障壁が存在していることから、障害者は自らの権利である「性」を主張できない、し辛いという現状がある。当然の権利を当然に主張できるように、このような壁が存在している中で、どのような対策、考え方をしていけば障害者の「性」が尊重され、当事者も権利を主張する事が出来るのだろうか。



 第三章 障害者の「性」に対する壁への対応、対策

「制度の壁」への対策として、行政への積極的な働きかけというのが必要になってくる。まずは性というものが人間皆平等に権利として存在しているということを主張し、周知の事実なものへと社会を変化させていかなければならない。

ある限られた人のみが障害者の「性」問題を知っているというだけでなく、有識者の公演、当事者の話をする場所の提供や応援をするといった形で行政が関わり、一般市民の理解を促進する必要がある。そうすることにより、無知からの偏見、差別も解消に向かい、この問題は幾分変化すると言える。

 「性」を権利とし、サービスを受けるとなると、性風俗産業を想像する人は少なくないであろう。「性」を商品化し、それを推進すべきであるとは筆者は考えない。「性」に関すること相談事など必要としている人には地域社会や行政からなにかしらの援助や、支援は権利であると考えると存在していてもても良いのではないか。

 カリフォルニア州のサンフランシスコには、多種多様な障害をもつ人たちに対応した「性教育器具」が準備された「障害をもつ人たちの性教育センター」が存在し、多くの人たちが訪れて教育や指導を受けたり、性に関する相談を持ちかけたりしている 。そのような機関には、自身が障害をもつセックスカウンセラー(ピアカウンセラー)が勤務しており、個人の理解力に合わせた形で相談や指導をしている 。

 障害の有無、重度、軽度に関わらず、適切な「性指導」が必要である。上記のような相談機関が存在していれば、当事者も一人で抱えこむことはなく、生活の質も向上していくのではないか。当事者家族や施設内だけで議論するだけでなく、社会という単位でこの問題は議論していかなければならない。「性」が権利として尊重され、侵害されることのないようにするには、行政の関わりが欠かせない。

 「施設内、現場内の壁」での対策としては、当事者家族とともに、施設、現場内での「教育」が最も有効な手段となりえる 。障害当事者に関わる教員やボランティア、ヘルパーや施設職員の教育・育成過程に、「障害者の性」に関するカリキュラム、講義、ゼミを導入する。それを通して、障害者に関わる周囲の人の、性に関する理解と知識を向上させることができれば、周囲の無理解や偏見によって、当事者が苦しむことも少なくなると考える 。

 施設内、現場内でのスタッフ教育カリキュラムに食事、排泄、入浴介助を当然に組み込むことと同じ様に「障害者の性」についても学ぶことができるような体制になればこの壁は解消されていくと言える。スタッフや関係者が、「障害者の性」に対し、偏見や無知がある事で壁は長く取り除かれない現状があったのであり、それをしっかりと教育し、改正することで、当事者の権利を守ることに繋がる。利用者の権利を守ることは施設、現場内では大前提に考えられる事であるので、このような対応が早く求められる。

 排泄や女性の生理以外の性=セクシャリティーに関するものに介助マニュアルはない。スタッフと利用者の両者もそれは想定外としている 。男性利用者の中には、女性職員にセクシュアルな介助依頼をする方もおられる。職員側としては当然の行為として事務的に処理する者もいれば、不快感をあらわにする者もいる 。このようにマニュアルにない介助、職員教育でこのような事を学んでいないと、いざこの場面に直面したとき、場合によっては悲惨な結果へとなってしまう。「性」の介助を施設内でマニュアル化すべきであるとは思わないが、職員が「性」への理解や知識を持っているだけで、その施設内で暮らす利用者、当事者の方は生活しやすくなるだろう。利用者が職員に「性」の相談をし、解消法を思案するにつれ、良好な関係も構築できると考える。日々の業務をこなし、「性」の問題まで手に負えない施設が大半であるとは想像するが、利用者の生活、人生を第一に考えるべき施設ではこの「性」の問題も議論にあげるべきである。

 当事者の家族(母親)による壁への対策は、子どもが成長期の段階で策を講じるべきである。母親と子どもの間に過度の密着、共依存関係が生まれてしまってからは遅い 。母子密着関係が生じる前段階で、肢体不自由の子どもが将来直面するだろう性に関する問題、対応方法を、行政や特別支援学校といった専門機関から母親に対し、アプローチできるような仕組みを整備することが重要である 。これは子どもの教育に深く関係していることでもあるので、行政はこの、行政や特別支援学校といった専門機関から母親に対し、アプローチできるような仕組みを制度化させる必要がある。



 おわりに

 「性」の問題はとてもプライベートな部分であり、個人的な問題ではあるが当事者にとってみれば、生活の質に大きく関係していることが明らかとなった。「性」は人間が有しているものであって、権利として成り立つ。その権利はいかなるものからも侵害されることなく尊重されなければいけない。しかし、その権利は蔑ろにされ、タブー視されているという事実があった。それを否定され、生き辛さや生活に不満を感じているということを個人で解決できない時には社会から何かのサポートは必要である。このことからこの「性」の問題は個人だけでなく、社会の問題であるとも言える。

 「性」の問題は以前から議論され続け注目されたこともあったが、具体的に解決に至ってはいない。権利の問題でもあるため、早急に手立てを打たなければいけない。まずは、施設内、現場内でのスタッフ教育カリキュラムに食事、排泄、入浴介助を当然に組み込むことと同じ様に「障害者の性」についても学ぶことができるような体制作りを整備することから取り組むのはどうか。注目されるだけの問題であってはいけない社会問題である。


参考文献

坂爪真吾 2011 『「障害者の性」白書 2011』 一般社団法人ホワイトハンズ
谷口明広 1998 障害をもつ人たちの性 明石書店
河合香織 2006 『セックスボランティア』 新潮文庫
坂爪真吾 2012 『セックス・ヘルパーの尋常ならざる情熱』 小学館
大森みゆき 2005 『私は障害者向けのデリヘル嬢』 ブックマン社
倉本智明 2005 『セクシュアリティの障害学』 明石書店
草山太郎 2011「障害者の性へのサポートについて考える―ホワイトハンズの理念とサービスの検討をとおして― 」追手門学院大学社会学部紀要
一般社団法人ホワイトハンズホームページ 2013 http://www.whitehands.jp




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