売春防止法の基礎知識と問題点・論点

●売春防止法の内容

 売春防止法は、1956年(昭和31年)に制定され、1958年(昭和33年)に施行された法律です。

 売春防止法のポイントは、以下の通りです。


 1.売春を違法とするが、売春者(売春する女性)と相手方(買春する男性)はどちらも処罰されない。

 2.売春をあっせんする性業者のみが、処罰される。

 3.売春女性は、処罰ではなく、(非行少年と同じような扱いで)保護・支援の対象とされる



 売春防止法は、その冒頭・第一条で、「売春が人としての尊厳を害し、性道徳に反し、社会の善良の風俗をみだすもの」、すなわち「社会的に有害な行為」と定義づけています。

 そのため、「社会的に有害な行為」である売春をあっせんする性業者を処罰し、「社会的に有害な行為」である売春に従事する女性を、「経済的事情が困難なために自分の身体を売らざるを得なくなった、社会的に救済されるべき存在」とみなし、麻薬に手を染めたり、バイクで暴走したりするような非行少年と同じような扱いで、保護・支援の対象にします。


●買う側=買春する男性側には、罰則規定は無い

 上記のポイントにある通り、
「買春する男性」には、罰則規定はありません。

 つまり、日本国内で、男性が買春行為=お金を払って女性とセックスすることは、(法律的には非合法ですが)事実上「合法」になっています。

 よく、買春をした男性が警察に逮捕される事件がニュースで報道されることがありますが、そういった事件は、18歳未満の相手を買春したこと(児童に淫行させる行為=児童福祉法違反、青少年健全育成条例違反)が原因であり、売春防止法そのものに違反したわけではありません。

 言い換えれば、デリバリーヘルス等の性風俗店や、ソープランドで買春行為を行ったとしても、相手の女性が18歳以上であれば、男性客側が罪に問われることは、基本的にありません。


●セックスワークの観点から見る、売春防止法の問題点

 セックスワークの観点から見ると、売春防止法の問題点は、2つの「画一的な決めつけ」にあります。

 1つ目は、売春を「人としての尊厳を害し、社会の善良な風俗をみだす、有害な行為」と、画一的に決めつけている点です。

 ピストルや刀と同じように、売春行為は、売春を行う人、売春が行われる状況や環境によって、人としての尊厳を傷つけるものにもなりますし、守るものにもなります。売春が、いつ、いかなるときにも、人の尊厳を傷つける行為である、と、一方的に決めつけることはできません。

 また売春行為は、人類の歴史が始まって以来、医師や兵士と並んで「もっとも古い職業」として、古今東西を問わず、ほぼすべての社会の中で、当たり前の行為として、連綿と行われてきました。

 ゆえに、売春が社会の善良な風俗をみだすものである、と決めつけることはできません。「社会や時代の状況によって、売春が善良な風俗をみだす場合もあるし、みださない場合もある」というだけの話です。


 2つ目は、売春する女性を、「経済的事情が困難なために自分の身体を売らざるを得なくなった、社会的に救済されるべき存在」という画一的な見方でのみ、とらえている点です。ここに、「自らの自由意思・自己決定で、明確な職業意識を持って、売春行為を行う女性」は、全く想定されていません。

 この2つの「画一的な決めつけ」によって、売春防止法は、性に関するサービスを提供する人(セックス・ワーカー)の権利擁護・労働環境の向上を妨害する法律として機能してしまっている状況にあります。

 売春をはじめとするセックス・ワークは、「社会的に有害な仕事」であるので、そこで働くことは、当然職業として認められず、法律的な保護も、一切受けられません。

 売春防止法の抱える問題点が浮き彫りになった事件として、「池袋買春男性死亡事件」が挙げられます。この事件の研究を通して、セックスワーカーの権利と法律問題について、考えてみましょう。


●池袋買春男性死亡事件の概要

 1987年に起こった「池袋買春男性死亡事件」(以下、池袋事件)は、ホテトル嬢としてホテルに派遣された女性が、利用客である男性に暴力を振るわれ、抵抗する過程で男性を刺殺した事件です。

  「ホテトル」とは、「ホテルでトルコ風呂」の略称です。トルコ風呂とは、浴槽付きの個室内で売春行為を行うソープランドの旧称で、ホテルでの売春行為を行うサービスを、「ホテトル」と呼びます。もちろん、ホテトルの営業は、売春防止法に違反する、違法行為になります。

 利用客である男性は、部屋にやってきたホテトル嬢を殴りつけ、刃渡り8センチのナイフで彼女の手を刺し、それを顔に近づけて「静かにしないと殺すぞ」と脅しました。そして、ホテルに備え付けの浴衣の帯や持参のガムテープで彼女を縛り、1時間20分にわたって屈辱的な行為を強要し、さらにそれを8ミリで撮影しました。

 恐怖に駆られた女性は、男性が視線をそらしたすきに、放置されていたナイフを手にし、男性を刺して逃亡しようとしましたが、乱闘の末、男性は数ヶ所の刺し傷を負って死亡する、という結果になりました。

 女性の弁護団は、一審、二審とも正当防衛で無罪を主張しましたが、過剰防衛と認定されました。一審の地裁判決では、懲役3年の実刑判決。二審の高裁判決では、懲役2年、3年間の執行猶予付きの判決が下されました。

 この池袋事件で、検察官は「被告人はそもそも売春行為を業としており、被告人にとっての抵抗感というのは(中略)通常の女性が見知らぬ男から同様の行為を受けた場合とは質的にまったく異なるものである」と主張しています。

 つまり、ナイフで切られ縛りあげられ、身の危険を感じるような暴行を受けたときも、「一般女性」と「そうでない女(=売春婦)」では、感じる恐怖心も違うだろう、というわけです。

 検察官起訴状では、「性的自由及び身体の自由の侵害についても、売春契約により・・・その法益はすでに放棄されており、・・・そこからの離脱を望んだとすれば、それは、右契約からの離脱を望んでいるにすぎず、法的評価として保護に値するものではない」と述べています。

 また、一審の地裁判決では、「いわゆるホテトル嬢として見知らぬ男性の待つホテルの一室に単身で赴く以上・・・相当な危険が伴うことは十分予想し得るところである・・・あえて被害者の求めに応じてホテルに赴いたという意味では、いわば自ら招いた危難と言えなくもない」と述べられ、高裁では「売春婦と一般婦女子との間では性的自由の度合いが異なる」と断定しています。

 この事件は殺人事件ですが、具体的な事実認定から逸脱して、女性の職業が問われ、貞操が問われ、落ち度が問われています。検察官や裁判官自身の「性はかくあるべき」という性観念、「女性はかくあるべき」という女性観が、判決に反映されてしまっているのです。


 池袋事件の裁判の論点を分かりやすくまとめると、以下の通りになります。


 1.売春女性の性的自己決定権(性的自由及び身体の自由)は、
   売春が「社会的に有害な行為」であるために、法律によって保護されない。

 2.したがって、売買春契約は、「強姦する権利の購入」とみなされ、男性客から女性への暴力は、法律的に正当化される。

 3.この法論理は、売春を「社会的に有害な行為」とみなす、売春防止法によって支えられている。


 言うまでもなく、女性に対する男性の暴力が法律的に正当化されるようなことは、どのような場面・条件下であっても、決して認められるものではありません。

 にもかかわらず、売春という領域においては、売春を行う女性側の権利は制限・否定され、買春する側の男性の暴力は正当化されてしまいます。

 この背景には、「性の二重規範」という、現代社会の根深い問題が潜んでいます。

 以下、この「性の二重規範」を解説します。


●性の二重規範(ダブル・スタンダード)

 「性の二重規範(ダブル・スタンダード)」とは、

 
「男性は自身の性を自由に使用できるが、女性にはそれが許されない」

 という、性別によって異なる道徳規範(ルール)が存在する、ということです。

 一般に、男性は、性風俗や買春を含めた、不特定多数の女性との性体験の豊富さが「甲斐性」もしくは「男の性(さが)」として、社会的に許容されるのに対して、女性は、不特定多数の男性との性体験の豊富さが、否定的にみられることが多いです。

 売買春の領域だと、男性が、買春という形で、不特定多数の女性から性的なサービスを受けても社会的に非難されることは少ないが、女性が、売春という形で、不特定多数の男性に性的なサービスを提供することは、社会的な非難の対象になる、ということを指します。

 この考え方の背景には、
「女性の性は、男性(夫や家族)の所有物であり、それを女性自身が自由に使用することは許されない」という、性差別的な意識があります。

 法律や裁判の世界においても、性にかかわる強姦=レイプ事件の場合、「女性側にも、過失があったのでは」「むしろ、女性側が相手を誘惑したのでは」「露出度の高い服装をして、夜道を歩いている女性にも、責任があるのでは」というように、女性被害者自身にも、過失や落ち度、挑発があったとみなされ、取り調べや裁判の過程で、女性被害者が二次的な精神的被害(セカンド・レイプ)を被ることがあります。同じことが、職場でのセクシュアル・ハラスメントなどの裁判で、起こっています。

 夫婦関係の分野では、(婚姻届によって、妻は夫に性的自己決定権を譲り渡したのだから)夫からどのような性的行為を強要されたとしても、夫婦間には性交渉を求める権利と応じる義務があるので、法律的には「強姦罪」にはならない、という法的解釈が、長い間存在してきました。

 こうした解釈は、配偶者間の家庭内暴力=DV(ドメスティック・バイオレンス)が社会問題になるにつれて、妻の性が夫の所有物ではなく、妻は一人の人間として、性的自己決定権を持つ存在である、という当たり前のことがきちんと認められるようになったため、立場が弱まってきました。

 しかし、売買春をはじめとする、セックス・ワークの世界では、未だに、女性の性的自己決定権が、法律的に認められていません。

 セックスワークにかかわる人は、現代社会における、この「性の二重規範」の存在を認識し、顧客や関係者、そして自分自身が、性に関する問題で、社会的に不当な扱いを受けることのないように、意識を高めていく必要があります。

 また、性に関する仕事を、社会性の欠如したセックス・ワーク(=身体を売る仕事)ではなく、社会性のあるセクシュアル・ワーク(性に関する尊厳と自立を守るための仕事)に移行させていくことも、性に関する仕事に従事する人の人権を守っていく上で、重要な課題になるでしょう。


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